いろいろ考えるブログ

株式会社ベンチャーネットでいろいろ担当しているタケダがいろいろ考えるブログです。

春よこい

こんにちは、タケダです。

皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

私は花粉の飛散を感じはじめています。むずむずです。暖かくなるのはうれしいけれど、お前まで一緒にきてしまったのか、こんちくしょう、という気分です。つらい。そしてねむい。そしてねむい。

 

さて、もうすぐ春です。暖かかったり肌寒くなったりして、三寒四温という感じです。ブログのネタが尽きてきたなあ、と思って過去の記事を見ていたら、最初の記事に「春なのでブログをはじめます」と書いていて、もうすぐブログを書き始めて1年かあと思いました。

 

春になると、いろいろ始めてみたり、やめてみたり、それまでとちょっと変わったことをしてみたりすることが多いです。やっぱり暖かくなるとなんとなく気分がぼんやりして、判断力が鈍るのがいいのかもしれません。頭がしゃっきりしているときには、あれこれ考えがめぐってしまって、逆に動きにくくなる、みたいなことだと思います。借金玉さんは、春は危険とおっしゃっていました。まったくその通りだと思います。

 

数年前、役所を辞めて、無職になったのも春でした。そういえば年明けくらいに「辞める」と職場に伝えて、ようやく今くらいの時期に3月末で退職するのを認めてもらって、なんやかんやと手続きをはじめたような気がします。やっと辞められる、と思ってすごく安心したような記憶があります。

 

その年の春は、ただただボーっとしていました。春だなあという感じです。ひたすら寝て、たまに散歩したり、テレビを見てみたりしていました。3.6秒バズーカ(でしたっけ)がすごく流行っているときで、ぼんやりした春の頭に優しいなあと思いながら見ていました。あのときさんざんボーっとしたおかげで、いまはほどほどにボーっとしながらそれなりに働けているんだと思います。

 

今年の春は、仕事をたくさんしたいなあと思っていますが、どうなるかはわかりません。なにせ春は危険な季節です。ブレーキが利きにくくなるというか、なんというか。もともとブレーキの性能がよいタイプではないので、油断すると壁にぶつかる、というのが役所時代に学んだ大切な教訓です。まあ、壁にぶつかってもなんとかなる、というのもそこで学んだ大切な教訓ではあるのですが、やっぱり壁にぶつかるのは痛いです。痛いのは嫌なので、ブレーキの利きをたまに確認しながら、でもちょっとアクセルを踏み込みながら、やっていってみようかなあと思っています。

あしたのお昼は何を食べよう

こんにちは、タケダです。
皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
私は青梅マラソンに参加してみました。いきおいでエントリーしてしまって若干の後悔が襲ってきたりしていたのですが、実際に参加してみたら思っていたより楽しかったです。大人になるとなかなか人から応援されるなんてこともなくなるわけですが、世の中の人は走っている人に対してとてもやさしいということがわかりました。残念ながら完走はできなかったので、来年も参加してみようかなあと思っています。

さて、世の中には難しいことがたくさんあります。特に、何かを選ぶというのは難しいと思います。最近どうにも世の中が難しくなっているなあと思っているのですが、それはいろいろなことにつけて選択肢が増えているからなのかもしれません。

日々生活していると、些細なことから人生で1度だけだろうということまで、いろいろなことを選ばなければいけません。そのときどきで、すごくいろいろ考えて決断したり、考えるのが面倒で適当に選んだり、なんとなくピンとくるものがあって直感で選んだり、いろいろな方法で選びます。

いままでの自分を振り返ってみると、なぜか些細なことのほうがあれこれ考えて選ぶことが多くて、例えば毎日の食事も何を食べようかなあ、とあれこれ悩むことが多いです。

反対に進学先とか就職先とか比較的人生において重要に思われることのほうがなんとなくの直感というか、えいや、という感じで選んできたような気がします。

えいや、で選んだものが合っていたかというと、まあそれなりに合っていたんじゃないかなあと思います。
そういえば、ナンバーガールが再結成するというニュースを見て思い出したのですが、私が京大を認識したのは、ナンバーガールが京大の西部講堂でやったライブのDVDを高校生のころにひたすら見ていたからでした。なんとなくそれでよいイメージを持っていたので、大学を受験しようと思ったときに頭に浮かんで、そのまま受験して、ありがたいことに合格して、進学してしまったのです。入学して、少しワクワクしながら西部講堂に行ってみたらあまりにもボロボロでびっくりしましたが・・・けれどまあ、学生生活はなかなか楽しいものだったので、よかったなあと思います。

だからといって、なんでも直感を信じてしまえばいいじゃん、とは思いません。最後は直感であっても、それまでにいろいろ考えたからこそ、直感が冴えるのではないかなあというか、そんな感じです。大学受験の時だって、最初のきっかけは曖昧だったし、最後の決めは「えいや」でしたが、その間ではそれなりにいろいろ考えたような気がします。

考えて考えて何かを選ぶって、すごく大変で難しいことです。いつもいつも考えるのは大変だけど、できるだけ頑張って考えて、どうしても決めきれないときは、一生懸命考えた自分の直感を信じてあげればよいのかなあと思います。

小学校の先生の名前が思い出せない

こんにちは、タケダです。

皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

わたしは気温の変化に踊らされています。最高気温が20℃近くなって春だなあと思ったのに、夜になったら普通に冬だったりして、くそーという感じです。今日は寒いですが、明日はまた暖かくなるらしいですね。そして明後日からはとても冷え込むみたいです。自律神経が破壊されかけていますが、ぼちぼちやっていこうと思います。ぼちぼち。ぽちぽち。

 

さて、東京では中学受験がひと段落したようです。駅に中学受験生を応援するポスターが張り出されているのを見て思い出しました。かくいう私も15年前くらいに中学受験をしたものですから、なんとなく思い出して懐かしんだりしてみたのでした。

 

小学生の時、学校が嫌いで、塾が大好きでした。学校が嫌いだったのは主に先生が嫌いだったからです。しかいいま思い返すと私が先生を嫌いだと思っていたのは、先生が私に意地悪だったからで、先生が私に意地悪だったのは私が先生に生意気ばかり言っていたからなので、まあ本当に申し訳ないなあという感じです。先生が板書で漢字を間違えたりするといちいち指摘するタイプの子どもだったので、そりゃまあねえと思います。先生だって人間だもの。

 

塾は先生も同級生たちも面白くて、塾に行く時間が大好きでした。いま思い出してみたら小学校の先生や同級生の名前はほとんど思い出せないのに、塾の先生や同級生の名前はほとんど覚えているので、人間って楽しいことは覚えているんだなあと思います。

 

なんで塾の先生や同級生が好きだったのかなあと思い出すと、みんな素直というか、正直というか、真面目というか、まっすぐだったなあと思います。

私が質問したり指摘したことに小学校の先生は逆切れで返すけれど、塾の先生は一緒に悩んでいろいろ調べてくれたり、間違っていたら間違っていたと正直に言ってくれたり。小学校では成績やテストの点数ってなんとなくブラックボックスなところがありましたが、塾ではぜんぶオープンなので変な探り合いもなく、素直に今回は誰が1番だとか言い合って、自慢したり落ち込んだりしていたわけで、そういう環境がよかったのかなあなんて思います。

 

どうにも私はいろいろ隠しあって腹の探り合いみたいなことをするのが苦手なんだなあと思います。そういえば、前の仕事をしていたときにみんなが出すからとなんとなくで出してしまった留学の希望を取り下げたことがあって、人事の人に理由を聞かれて「5年後もここで働き続けている気がしないので」と素直に答えてお呼び出しを受けたことがありました。

 

友人に話したら「もっと適当な理由でごまかせなかったの?」と言われたのですが、そんなこと思いもつきませんでした。思いつかなかったというか、みんないつもそんな面倒なことをしているのか、大変だなあという感じです。

 

もちろん本音を言わないことが気遣いみたいな部分もあるでしょうし、世の中を円滑にわたっていくために必要なときもあるのかもしれません。そういうときはちょっと面倒でも頑張るかあ、と思うのですが、できればそういう面倒なことをしないでいい環境にいたいなあと思いますし、隠し事や腹の探り合いをしなくてもいい人たちと付き合っていきたいなあと思っています。

そうさーいまこそー

こんにちは、タケダです。

皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

私はデパートのバレンタイン特設売り場にときめいています。浄土真宗なのでバレンタインがどうとかはなんでもいいのですが、普段売っていないおいしそうなチョコレートがたくさん売っているので楽しいです。買いたいチョコレートがたくさんあります。わくわくです。

 

さて、人生っていろいろなことがあります。私はいま28才なので、10代の人から見れば「またアラサーがめんどくさいこと言ってる」、目上の方から見れば「小娘が何を偉そうに」と思われるかもしれませんが、まあいろいろあるよなあと思います。

 

10年前に今の自分を想像できたかというと、まったく想像できませんでした。10年前どころか、5年前でも想像できませんでした。1年前はもうベンチャーネットで働いていましたが、1年後もそのまま働き続けていると思いませんでしたし、同じ会社にいてもやっていることはどんどん変化しています。

 

そうやって思い返してみると、いままでの人生で想像した通りの自分になったことなんて一度もなかったんじゃないかなあということに気が付きました。そのときそのときで自分が一番楽しそうとか一番よさそうだと思うところを進んでいるので、全然文句はないのですが、しかし世の中わからないものだよなあと思います。

 

来年の自分はどうしてるのかなあと想像してみても、まったくわかりません。2020年、30歳になる年なので、なんとなく節目のような感じもしますが、ただ数字的にキリがいいだけといえばそれまでなので、別になにもないような気もします。

 

ベンチャーネットの社是?は「Life is Adventure」です。人生は冒険、アドベンチャーです。なんとなく、こうして自分の今までを振り返ってみるとしっくりくるかもなあと思います。アドベンチャーというほどかっこいいものではないですが、行き当たりばったりであっちにいったりこっちにいったりするのを冒険と言えなくもない、ということにしたいと思います。

 

先のことなんてまったく想像できませんが、とりあえず毎日いろいろ仕事があるので、順番にいろいろやっていきたいと思います。日々の生活は別にアドベンチャーという感じもありませんが、結局は振り返ってみてみれば「なんだけっこうアドベンチャーしてたなあ」と思うようになるんじゃないかという気がしています。できるだけ楽しいアドベンチャーになるといいなあ、と思います。

実は漁師の孫です

こんにちは、タケダです。
皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
わたしはブログの更新をすっかり忘れていました。この記事もほとんど終わりまで書いていたのに、なぜかそのまま放置されていました。冒頭のこの部分にはだいたい近況を書くようにしているので、ここだけ書き換えています。もともとは筋肉痛と宇宙人の話が書いてありましたが、いま読み直したらだいぶ滑っていたのでそのまま公開しなくてよかったと思います。

さて、優しさって難しいものだと思います。優しさだと思ってやったことが、人によっては意地悪だと受け止められたりします。悲しいことです。

魚を与えることよりも魚の釣りかたを教える方が優しい、みたいな話があります。確かに、ずっと魚をあげ続けることができないなら、自分で魚が釣れるようになることを支援する方が、与えられる人にとっては得なように思えます。

魚の釣り方を教えて、教わった人が自分で釣れるようになったら、きっとその人は魚釣りを教えてくれた人に感謝するでしょうし、優しい人だと思うでしょう。けれど、すべての人が、教わった通りに魚を釣れるようになるかというと、必ずしもそうではないよなあ、と思うのです。

どうしたって不器用な人はいるし、人間なにごとも向き不向きというものがあります。世間の平均的な価値観からするとすごく簡単で、やり方さえ教われば誰でもできる、なんて言われていることであっても、すべての人にとって簡単なわけではないと思うのです。

魚釣りがどうしてもできない、という人は、魚をくれずに魚の釣り方を教えようとする人のことを、意地悪だと思うかもしれません。
なんでわけのわからないことをぐだぐだと話し続けるんだ、簡単だとか言って、できない自分をバカにしているのか、もうお腹がペコペコなのにどうして魚をくれないんだ、なんてことすら考えるかもしれません。

そんな人に対して、私の優しさをわからないなんて、バカなやつだ、と魚釣りを教えた人は怒りたくなるかもしれません。けれど、裏を返せば、相手の事情を知らずに優しさを勘違いして押し付けているだけ、と言うこともできるのです。

けっして悪意があるわけではないのですから、意地悪とまでは言えないと思います。いうなれば、配慮が足りない、というやつでしょうか。そうなると、世の中のすべての人に配慮して生きるなんて到底無理だよ、となります。その通りだと思います。

じゃあどうすればいいんだろう、と考えると、やっぱり無理はしないというか、自分のできる範囲でできることをする、ということになるのかなあと思います。みんなに優しくする必要はないし、みんなに配慮する必要はありません。

それぞれの人の中に、いろいろな優先順位があると思います。その中から、自分の手の届く範囲でやっていくしかありません。ついつい、褒めてもらいたいとか、認めてもらいたいとか、いろいろな理由で人は手の届かない範囲にまで手を伸ばそうとしてしまいます。きっと、魚釣りがどうしてもできない人に魚の釣り方を教えてしまうというのも、そういうことなんだと思います。

聴くこと

こんにちは、タケダです。
皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
私はぼちぼち仕事をしています。バリバリでなくぼちぼちなのは寒いからです。やっぱり寒いのはよくないですね。しかし寒いのにもちょっと飽きてきました。早く暖かくならないかなあ、と思いながら、春物の洋服を探したりしています。春っていいですよねえ。

さて、人と話をするのって難しいことです。変なこと言ったらどうしようとか、話につまったらどうしようとか、言いたいことが伝わらなかったらどうしようとか、いろいろ考えてしまいます。

なんてところまで書いて先週下書きのまま放置していた記事にようやく気がつきました。書いたつもりで先週は更新するのを忘れてしまったのでした。

そんなわけで、おそらくは「話すことって難しいけど聴くことのほうがもっと難しいんじゃないか」みたいなお話を書こうとした形跡はあるわけですが、続きに何を書こうとしていたのかすっかり忘れてしまいました。そのうち同じようなことがまた頭に思い浮かぶと思うので、まあこのお話はいつかきっと書くことになるんではないかな、と思います。

そうなると今回は何を書こうかということになるわけですが、そもそもいまはてなブログを開いたのは、コンサートに行って感動したのでその余韻があるうちに何か書いておこうと思ったからです。

年末になんとなく第9を聴きに行ったらとても幸せな気持ちになったので、今年は月に一度くらいはコンサートに行きたいなあと思って早速読売交響楽団定期演奏会にいってきました。正直今回はあまりよく知らない演目だったのですが、それでもやっぱりなんだか幸せな気持ちといいますか、ふわふわとした感覚になります。

オーケストラといえばバイオリンなどの弦楽器のイメージが強かったのですが、生で聴くと木管金管の音がすごくクリアで、いろいろな音を追いかけているうちに、なんだか不思議と心地よくなってくるので、音楽ってすごいなあと今更ながら感じます。

なんとなく、これは複雑なものを複雑なままに受け入れる練習になっているのかめしれないなあと思います。
世の中はすごく複雑で、でもうまく生きていくにはいろいろ考える必要があって、そうなると複雑なままでは考えられないのでどうしても単純化してしまいます。
仕事なんかを考えると、単純化して考えた方がうまくいくことが多いような気がしますが、けれど世の中が複雑であることには変わりがありません。

そういう複雑なものを複雑なままに受け入れる機会が日常においてなかなかないなかで、複雑なものを複雑なままに受け入れるちょっと非日常の体験をするということは、なんとなく刺激というか、生活に面白さをもたらしてくれるのではないかなあと思います。

ダイバーシティ

こんにちは、タケダです。
皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
私はおかげさまで穏やかなお正月を過ごし、ようやく仕事はじめです。新年はまったり行こうと思っていたら意外と仕事があることに気がつきました。しかし焦っても仕方がないのでまったり行こうと思います。気持ちは一休さんです。ひとやすみひとやすみ。

さて、年末年始は普段あまり見ないテレビを見たり、普段よりちょっと遠回りで散歩したり、行ったことのないお店に行ってみたり、いろいろと普段しないことをやってみました。世の中にはいろんな人がいるなあ、と思います。わかるなあと思う人もいれば、わからんなあと思う人もいます。ものの考え方であったり、感じ方であったり、いわゆる価値観というものはいろいろですから当然です。ダイバーシティというやつですね。

世の中にいろいろな人がいてダイバーシティがあるように、1人の人の中にもいろいろな考え方というか、いろいろなものがあるように思います。朝と夜で違ったりとか、お腹がすいているときと満腹のときで違ったりとか、一緒にいる人によって違ったりとか、そのときどきでものの考え方や感じ方、表現の仕方はきっと変わりますし、年をとって変わることもあります。

なんとなくいつも変わらない人の方が筋が通っているとか首尾一貫しているとかよい印象があるようにも思いますが、私は1人の人のなかにいろいろな考え方があることは別に普通のことで、まあそりゃそのときどきだよね、という気がします。ついつい人の言っていることが以前と矛盾しているとイラッとしてしまうこともあるのですが、そんなときは我が身を振り返って、まあ私だって朝は機嫌悪いし頭働かないしで夜と言ってること絶対に違うよな、と思ってイライラしないようにします。

そのときどきで違う自分がいるのは仕方ないので、自分は自分、と思い込むのではなくて、今の自分はこんな感じだなあ、とそのときどきでどんな自分なのかを感じることが必要なのかなあとも思います。そして同時に、この人はいまこんな感じかなあ、と想像してみることで、イライラしたり不機嫌になったりせずにいられるのではないかなあと思います。

あとは、いろいろな自分を楽しめるときっと日々が楽しくなるんだろうなあという気がしています。私自身、たまにこんな自分がいたんだなあ、と思うときがあります。あまりいい自分じゃないときもありますが、ちょっと新鮮だったりもして、最近はまあいいかなあと思えるようになってきました。この調子で、もっといろんな自分を楽しんでいきたいなあと思います。