いろいろ考えるブログ

株式会社ベンチャーネットでいろいろ担当しているタケダがいろいろ考えるブログです。

夏のおもいで

こんにちは、タケダです。

皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

わたしはダイエットジム(ライザップではない)に入会して、ダイエットに邁進しています。食事の管理もあって、最初の5日間は炭水化物も肉類もNGだったのですが、今日で6日目です。というわけで、お米とお肉を食べました。おいしいです。野菜ももりもり食べます。おいしいです。

 

さて、このブログもダイエットブログにしてしまおうかと思いましたが、いちおう会社の公式なブログなのでさすがにやめておきます。やめておいて何を書こうかと思ったのですが、何も思いつきません。ネタ切れです。何回か前の記事でもネタ切れだ、と書いた気がします。引き出しが足りないようです。

 

そういえば、最近はとても暑いです。ニュースでもその話題が多いですね。岐阜と京都がよくとりあげられていますが、実はそのどちらにも住んでいたことがあります。岐阜に住んでいたのは幼稚園から小学校3年生のあいだで、京都に住んでいたのは大学の4年間です。

たしかにどちらもとても暑いところでした。夏は暑くて冬は寒い、盆地の気候です。

 

岐阜のほうは子どものときだったので、暑い中で走り回ったり、夏休みも学校のプールが解放されていたので、近所のお友達とプールに行ったり、いまでは想像がつかないくらいアクティブに過ごしていました。もともと肌は白いほうなのですが、当時の写真をみると真っ黒に日焼けしています。(そして同じ年の冬の写真では真っ白に戻っていて、子どもの新陳代謝ってすごいなあと思います)学校の裏山でセミをつかまえたりもしていました。平和です。

 

京都にいたころは、ワンルームマンションで一人暮らしをしていました。お金がなかったので電気代を節約したくて、クーラーは使いませんでした。(いま考えるととてもよくない)寝るときはアイスノンをしていたのですが、5~6時間で冷たくなくなるので、それで目が覚めて、涼しさを求めて大学の図書館に行きました。暑さで起きて、図書館に行って本を読んで、学食でお昼ごはんを食べて、また図書館に戻って、日が沈むころにスーパーで買い物をして家に帰る。週3回ほど夕方から夜にアルバイトをしていましたが、それ以外は、平日も休日も、夏休みも、だいたい同じ生活です。

 

セミやらなんやらがわんわん鳴いていたり、部活に勤しむ人たちの声だったり、ちょっと遠くから聞こえるそんな雑多な音を聞きながら本を読むのが好きだったなあ、と思います。あまり大学生らしい青春というのがないのですが、あの図書館での時間が青春のような気もします。

 

今年の夏は、仕事で忙しくなりそうです。まったり何もせずに過ごすのも好きですが、久しぶりにわちゃわちゃした夏もいいかなあ、という気がしています。まずはひとつずつ、やっていきたいと思います。

コンプレックス

こんにちは、タケダです。

みなさま、いかがお過ごしですか。

わたしはいきおいでダイエットジムに入会しました。実はいまこの記事を書いている1時間後に最初のトレーニングがあります。どきどきしています。来週ブログが更新されなかったら、そういうことだと思ってください。どきどきしているのでだいぶ適当に書いている感じがあり、自分で「そういうことってどういうことだろう」と思っています。どういうことでしょうか。

 

さて、私の通っていた京都大学では、なんとなく「アカデミック」という言葉が強い力を持っていたような気がします。理系はほとんどが修士までいきますし、文系でも大学院の進学率は高かったように感じます。私は経済学部でしたが、ゼミの同期はたしか3割くらいが大学院に進学していました。

 

専攻分野にしても、実学的な分野より、「そのまますぐには役に立たない」分野の方がなんとなく偉い、というような空気がありました。経済系でいうと、進学先としては公共政策か経営管理大学院(いわゆるMBA)か経済学研究科かのほぼ3択だったのですが、公共政策と経営管理の場合は「へー、そうなんだあ」、経済学研究科の場合は「ほえー、すごいなあ」というような感じがありました。(※個人的な印象です)

 

確かに、大学院に進学する人たち、特に実学的でない分野に進む同級生たちはとても優秀だった印象があります。けれど、逆にいうとそういう「アカデミックな方が偉い」という空気のなかで、そう見えていただけかもしれません。

 

そんな環境のなかで、わたしは大学院に進まないで就職することになんとなくコンプレックスを感じていました。じゃあ大学院に行けばいいじゃないかという考えもあります。けれど、単純に私にはアカデミックな世界は向いていないだろうな、という直感がありました。むしろ、その「向いていない」ことにコンプレックスの基があったのだと思います。

 

キャリア官僚になろうと思った理由のなかには、就職後に海外の大学院に留学ができる、ということもありました。「アカデミック」とその対に置かれることの多い「ビジネス」に対して、そのどちらとも違う「パブリック」を選ぶことでコンプレックスをごまかそうとしていた、という部分もあると思います。

「アカデミック」にコンプレックスを感じながら、そこに並びたいという気持ちで「パブリック」を選んで、心のどこかで「ビジネス」の世界をバカにしていました。

 

いろいろなことがあって、キャリア官僚をやめて、そんな「ビジネス」の世界に飛び込みました。あっという間にもうすぐ2年が経ちます。ただシンプルに、「ビジネスってすごいなあ、おもしろいなあ」と感じる日々です。

世の中にはいろいろなビジネスがあって、人の役にたっていたり、たっていなかったり、役にたっていないことが大切であったり、こうやって回っているのだなあ、知らない世界がまだまだあるなあ、と思います。学生のときにぼんやり考えていた「アカデミック」「ビジネス」「パブリック」なんていう線引きも、別にどれが偉くてどれが偉くないとか、上だとか下だとかいうこともなく、それぞれに役割があって、その価値は人によっていろいろだし、なんであんな不思議なコンプレックスを抱えていたのだろう、と思います。

 

先日、官僚時代の同期たちと飲みに行きました。職場に対していろいろな葛藤を持ちつつ、けれどみんながんばっているんだなあ、と思いました。辞めたばかりのときにはなんとなく劣等感があって、公務員なんて、みたいな気持ちもありました。後ろめたさとかいろいろなネガティブな気持ちがありました。いまはなんとなく、フラットな気持ちです。みんながんばっているし、わたしもわたしなりにがんばっています。それって素晴らしいことだなあ、と思います。

 

わたしの場合は、たまたまばたっと倒れたことがきっかけで、いろいろなことにあきらめというか、なんとかなるさという気持ちがうまれました。そうして、こういうコンプレックスが解けていったように思います。おかげですごく楽になりました。あのとき倒れといてよかったなあ。

 

たぶんまだ自分のなかには、自覚できていないコンプレックスがたくさんあって、勝手に苦しんでいる部分があるのだと思います。けれど、きっとそれも何かのきっかけで解けていって、また少しずつ楽になっていくんじゃないかなあ、という気がしています。気長にそのときを待ちながら、いまできることとか、楽しいこととかをやっていこうと思います。とりあえず、ジムにいってきます。

お仕事してます

こんにちは、タケダです。

みなさま、いかがお過ごしですか。

わたしはねむいです。とにかくねむいです。無限に寝れる気がします。しかしやりたいこともたくさんあります。葛藤です。

 

さて、私はこのブログをはじめたときに、「ベンチャーネットという会社でいろいろやっています」と自己紹介をしました。しかし、いろいろとか言っているわりに、このブログではいちども仕事の話をしたことがない気がします。もしかしたら、Twitterをご覧になっている方は、タケダはたまに記事を更新して、月末になると借金玉さんに記事と請求書を催促しているだけだ、と思っているんじゃないか、とふと気づきました。(そして借金玉さんから6月分の請求書がまだきていない気がします)

 

そんなわけで、お仕事の話です。

最初は、書類整理のバイトをしてほしい、という話で友人から紹介されました。社内のいろいろなところに散らばった書類を集めて、順番に並べて、抜けがないかチェックするお仕事です。

そうこうしているうちに、社長から「記事とか書かない?」と言われました。「よくわからないけど書きます」ということで、ライターの師匠を紹介してもらい、弊社で運営しているサイトの記事を書いたりしていました。

 

ベンチャーネット、名前の通りベンチャー企業です。なので、「これできる?」「よくわかんないですけど、まあできるんじゃないですかね」の繰り返しで、いろいろやるようになりました。

いまは、経理的なこととか、総務的なこととかもやりつつ、SEOマーケティングオートメーションのコンサル擬きとして修行中です。最近はお客さんのところに行くことも多くなってきて、ばたばたしながらもなんとかやっています。

 

いまやっている仕事にもともと興味があったかというと、正直まったくありませんでした。興味がないというよりは、そもそもそういう仕事の存在を知らなかったのです。

ベンチャーネットにきてから、世の中にはいろんな仕事があるんだなあ、とよく思います。自分や会社の人たちがしている仕事もそうですし、お客さんや取引先の方を見ていても思います。

 

前の仕事を辞めたときは、自分なんか何の仕事もできない、もうダメだ、と思ったこともありました。けれどいま思い返すと、世の中の仕事のほとんどを知らないまま、想像というか、妄想というか、勝手に自分で思い込んでいただけなのかもしれない、と思うようになりました。

 

いまはなんとなくですが、まあなんとかなるかな、という気がしています。そういう気分でいると、「これやってみる?」と聞かれたときに「よくわかんないけどやってみます」と言えて、できたりできなかったりして、新たな発見があったりして、いい循環になっているみたいです。

 

さすがに最近はいろいろやりすぎている気もしていて、そろそろ仕事を整理することも必要かなあと思いつつ、今までやったことのないこともとりあえずやってみるという気持ちを忘れないでいきたいと思っています。

ヘルプミー

こんにちは、タケダです。

みなさま、いかがお過ごしですか。

私はさいきん体温が上がっている気がしています。去年までは電車に乗るときに弱冷房車じゃないとすぐにお腹をこわしていたのですが、今年は普通の車両に乗れます。やたら虫に刺されます。6月に蚊に刺されるなんて、何年ぶりでしょうか。かゆいです。

 

さて、以前の記事でも少し書いたのですが、私には、自分は恵まれた環境で育ってきたな、ありがたいことだな、という思いがあります。なので、困っている人とか、大変な状況にある人とか、世の中で弱者といわれるような人に対して、優しくしなきゃいけない、助けなきゃいけない、という気持ちがとても強くありました。そして、実際に、そういった人に対してできるだけ優しくしてきたと思っています。

けれどその結果、嫌な思いをすることもありました。そして、私が困っているときには、そうやって私が「優しくしなきゃ、助けなきゃ」と思って接していた人たちはいなくなっていました。

 

「人に優しくすると、そのぶん優しさが返ってくる」なんて考え方があります。私もそんな考え方を信じていました。だから、人に優しくしているはずなのに、なんでかな、と考えました。ふと思い浮かんだのは、そういえば、いつのまにか自分の周りからいなくなった人たちからは、「助けて」って言われたことないな、ということでした。いま思えば、勝手に私が「優しくしなきゃ、助けなきゃ」と思い込んでいただけなのかもしれません。余計なお世話だったのかもしれません。

 

反対に、自分が苦しかったときのことを思い出してみました。苦しいときに「助けて」と人に伝えられるようになったのって、わりと最近かもしれないな、と思いました。

「助けて」って言うのって、意外としんどいことだと思います。自分の弱さを認めないと、「助けて」とは言えません。そして、自分の弱さを認めるのには、勇気というか、あきらめというか、うまくいえませんがそれなりのエネルギーが必要だと思うのです。

 

強者・弱者という分け方も、社会的な状況はもちろんいろいろあると思うのですが、この「助けて」を言えるか否かにあるのかな、と思います。

私は、京大をでて、キャリア官僚として中央官庁で働いていました。けれど、そのときの私は、周りの人にうまく助けを求めることができませんでした。社会的には強者だったかもしれませんが、今思い返すと、すごく弱い人間だったと思います。

 

中央官庁を辞めて、いろいろなことがあって、ようやく「助けて」と言えるようになってきました。少し強くなったということかな、と思います。

けれど、弱さがまったくなくなったわけではありません。なので、きっとまた苦しいときがやってくると思います。そのときには、ちゃんと自分の弱さと向き合って、「助けて」と言える人でありたいと思います。そして、誰かが「助けて」と言ったら、できるかぎり助けられるような人でありたいと思います。

霞ヶ関のおもいで

こんにちは、タケダです。

みなさま、いかがお過ごしですか。

私は最近とてもねむいです。お腹もすきます。まるで成長期のこどもみたいなのですが、筋肉ががんばっているということにしています。

 

さて、残念なことにブログのネタに行き詰まりました。けれどここで諦めたらもうそのまま二度と書かない気がするので、徒然なるままに霞ヶ関にいたころの思い出を書いてみようと思います。

 

・あなただけ事件

職場のOGで当時はどこかの国際機関の要職についてた方が、一時帰国をして、キャリアの女性職員対象にキャリアと子育ての両立についてお話ししてくれるというイベントがありました。

参加したい人は返事ください、と人事部門からメールで案内がきていたので放置していたら、「返事きてないのタケダさんだけですよ」という電話がかかってきました。そのときはよく意味がわからず、「そうですか、確認します」と言って切ったのですが、同じ課の先輩に言ったら「私も同じ電話かかってきた」とのことでした。嘘はよくない。

 

・お正月から待機事件

官僚の仕事の厄介なところとして、「待機」という文字通り待っていなければいけないときがあります。待機にも主に2種類ありまして、1つが国会待機、もう1つが法制局待機です。国会待機は、議員さんからの質問に対する答弁を作るのに、質問が出てくるまで待つことです。最近はわりと早く出てくるようになっているらしいです。

法制局というのは、省庁で作る法案の審査をしてくれるところです。審査といっても、国会のように内容の良し悪しを審査するのではなくて、憲法や他の法令と矛盾していないかとか、きちんと作りたい制度として理解されるように書かれているかとかの技術的な審査です。

この法制局さんもなかなか人手不足で、繁忙期は深夜も土日も審査します。なので、定時を過ぎたころに、「今から書類見て気になるところあったら呼ぶから待機して」などと連絡がきたりします。これが法制局待機です。つらい。

年末年始も年明けの国会に向けた繁忙期で、1月1日2日は辛うじて休み、3日の朝から待機しておけという命が下りました。確か10時くらいから待っていて、呼ばれたのは12時間後でした。

12時間のあいだ何をしていたのかというと、他の係の方たちはトランプをしてたりジェンガをしてたりしましたが、私と係長は悲しいことに仕事をしていました。法案改正チームとは別のチームも兼務していて、そちらも年明けに大きな節目があったのでした。よくがんばった、わたしえらい。

ちなみに解散したのは深夜3時くらいでしたが、外に出たらちゃんとタクシーがたくさんいました。タクシーの運転手さんに、若いのに大変ですねえ、となぐさめられました。でも1月3日の深夜に霞ヶ関で待機してるタクシー運転手さんも大変だなあと思いました。

 

・麻婆豆腐事件

入省してまだ半年も経っていない頃でした。ある日、出勤してメールをチェックしはじめたところ、総括課長補佐(課長の次にえらい人なので、けっこうえらい)からメールがきていて、なんかやらかしたっけ?と焦って開いたら、おいしい麻婆豆腐のレシピが書いてありました。なかなかいいレシピでおいしくできて嬉しかったので、誰かに伝えたかったらしいです。ぜひ作ってみて、と言われましたが5年経った今も作っていません。ごめんなさい。

 

こんな感じで、めんどくさいこととか、つらいこととか、不思議なこととかいろいろありました。こうして思い返すとなかなか楽しい2年間です。

 

楽しいので次にネタがつきたときは思い出シリーズだな、次は百万遍の思い出だな、と思いましたが、よく考えたら大学時代はほとんど家にいました。ネタがつきたときのことは、そのときになってから考えようと思います。

 

運がいい

こんにちは、タケダです。

みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

わたしは親知らずを抜きました。5年ぶりくらいに麻酔をしてもらったのですが、最近はいきなり注射をするのでなくて、先に表面麻酔をするんですね。注射をされる感覚がほとんどなくて、こどものころに苦しんだあのイヤーな感じはなんだったんだろう・・・と思いました。技術の進歩、すごいです。

 

さて、わたしはとても運がいいです。宝くじに当たったことはありませんが、これまでのいろいろなことを思い返すと、いろいろな偶然のもとで、結果的にすごく幸せな生活ができているなあと思います。もちろん、日々いろいろなことがあって、嫌だな、とか、なんでこうなるの、というときもありますが、全部ひっくるめて考えればとても運がいいよなあと思うのです。

 

周りの人にも恵まれていると思います。わたしが「苦しい、助けて」といったときに助けてくれる人たちいてくれるのはとてもラッキーなことです。でもそれだけではなくて、たぶん「助けてあげよう」というような考えがなくてしてくれたことが、私にとってはすごく助かることだった、なんてこともしばしばあります。「ありがとう」と伝えて、「なんのこと?」なんて言われると、わたしは運がいいな、と思います。

 

けれど、私が運よく楽しくへらへら生活していると、「たまたま運が良かっただけで、どこかできっと失敗したり転んだりするから気を付けなよ」というようなことを言う人もたまにいます。

例えば、わたしは中学校も高校も受験しているのですが、どちらも行きたかった学校に入れたという話をすると、「そういうタイプは大学受験で失敗しやすいよ」なんて言う人がいました。それを聞いて、「確かに大学受験までそううまくいかないかもなあ」と思っていたのですが、ラッキーなことに無事に行きたい大学に入って、楽しい大学生活を送ることができました。

大学生になると、今度は「ずっと受験でうまくいっていた人って就職でつまずきやすいよ」なんてことを言われました。「確かに、就職は受験みたいに運よくはいかないだろうなあ」と思っていたのですが、無事に官庁に就職しました。2年ほどで辞めてしまったので、「ほらやっぱり」と言われるかもしれませんが、私としてはしんどくも楽しい2年間でしたし、早めに辞めたことで今の仕事をできているので、まあ結果オーライでやっぱり運がいいな、と思います。

 

あまりにも自分の運がいいので、運って人に分けられないのかな、と考えたりします。けれど、運がよくなる方法、なんて本や記事はよく見かけるのに、運を分ける方法、というのはあまり見かけません。

ただ、そんなことを考えながら周りを見回してみると、なんだか私の周りには運がいい人が多いような気もします。むしろ、私がみんなから運を分けてもらっているのかもしれません。

分けるというより、移るというか、じんわり染み込んでひろがっていくような感じでしょうか。運って、不思議なものです。運がいい人同士のあいだを繋いでくれているのかなあという気もします。

 

なんとなく、これからも運のいい人たちに囲まれて、運よく楽しく生活できるんじゃないかな、という予感がしています。ときには大変なことやしんどいこともあるかもしれませんが、きっとなんとかなる、の精神でがんばっていきたいと思います。

ひとやすみ、ひとやすみ

こんにちは、タケダです。

みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

わたしは毎日パンダさんが投稿してくださるシャンシャンの写真と同じポーズをしてみる遊びにはまっています。最近シャンシャンが活発すぎて、マネするのがむずかしいことが多いのですが、主にぐだっとしているやつが得意です。

 

さて、あっという間に6月になりました。関東は今日、梅雨入りしたそうです。春だから、という理由で4月にはじめたこのブログも、毎週1記事かいて、これで10回目です。はじめたときは、5月にはきっとへばっているだろうな、と思っていたのですが、我ながら意外にがんばっています。

 

最近は、休みをとるのがうまくなったな、と思っています。

以前は、周りのパワフルな友人や同僚たちと同じようにしなくては、と思い込んでいました。ほんとうはものすごくしんどくても、仕事の依頼や飲み会などの誘いを断れませんでした。せっかく久しぶりに休める日に、ほんとうは1日寝ていたいくらいなのに、友人から声をかけてもらうとつい出かけてしまっていました。わたしは昔から体力がないタイプで、そのことをコンプレックスに感じていて、それを隠そうと必死になっていたのだと思います。

 

ランニングをはじめたりして、体力づくりをがんばっていますが、すぐに結果がでるものでもありません。むしろがんばって走った日にはいつもよりぐったりしてしまいます。けれど、そんな自分のいまの状況をみとめて、自分にできる範囲でがんばったり、休んだりすることが大事なのだと、ようやく受け止めることができるようになりました。

 

友人からの誘いだって、よく考えれば、毎回応えなくたって嫌われたり誘われなくなったりするわけではありません。元気な日は楽しめばいいし、疲れている日は休めばいいだけです。シンプルに考えればいいのに、いぜんのわたしはなぜかすごく複雑に考えていたのだなあ、と反省しています。こんなシンプルなことを、どうして理解できなかったのだろうと、今ではむしろ不思議に思うくらいです。

 

こどものころ、よく風邪をひいて、学校を休みました。そんなとき、ぼーっとする頭で、一休さんのアニメの再放送を見ていた思い出があります。あわてない、あわてない。ひとやすみ、ひとやすみ。

まだまだ体力なしの私です。けれど、最初は1キロ走るのもやっとだったのが、2.5キロ走れるようになりました。(3キロまであとすこし・・・!)

あわてないで、ひとやすみしながら。少しずつ体力もつけて、がんばっていきたいなあと思います。